非常時において企業に課せられる義務
七十七銀行女川支店津波被害訴訟の控訴審判決で、4月22日仙台高等裁判所は、津波の「予見可能性」を否定して請求を退けた仙台地裁判決を支持し、遺族側の控訴を棄却しました。
遺族側の心中を察するに余りある判決ですが、被告である銀行側の安全配慮義務違反はなかったという判断です。
以下は、地裁判決の一部を引用します。全文はこちら(裁判所ホームページ)にあります。
被告は,行員である亡H及び亡Iに対しては労働契約に伴い,労働者がその生命,身体などの安全を確保しつつ労働することができるよう,必要な配慮をすべき義務があったといえる(労働契約法5条)。また,被告は,同様に七十七スタッフサービス株式会社(当時)と労働者派遣契約を締結して被告 女川支店に派遣されていた亡Jに対しても業務上の指揮命令権を行使してその労務を管理していたのであるから,信義則上,同様の不法行為法上の安全 配慮義務を負っていたというべきである。本件に即して言えば,被告は,本件被災行員ら3名が使用者又は上司の指示に従って遂行する業務を管理するに当たっては,その生命及び健康等が地震や津波といった自然災害の危険からも保護されるよう配慮すべき義務を負っていたというべきである。
平成24(ワ)1118 損害賠償請求事件
平成26年2月25日 仙台地方裁判所
震災当時、銀行職員は勤務中であり銀行の管理下にあるため、銀行には当然ながら安全配慮義務があり、平常時はもとより緊急事態が発生している場合においてもそうであることを裁判所が認めたことになります。
原告である遺族側は、震災発生前、震災発生後それぞれに安全配慮義務がありそれを怠ったと主張し、以下の点について検討がなされています。
- 立地の特殊性に合わせた店舗の設計義務
- 安全教育を施した者を管理責任者とする配置義務
- 避難訓練等実施義務
- 災害対応マニュアルの改正において避難場所に「支店屋上」を追加したことの適否
- 情報収集義務
- 最初から高台へ避難すべき義務
- 銀行本店の本件屋上避難の黙認
- 避難場所を変更すべき義務
判決では、いずれについても義務違反はなく、被告である銀行側の責任を認めませんでした。
裏を返せば、これらのことについて一定レベルの対策を実施する必要があり、実施が不十分であったり対応がされていない場合は、安全配慮義務違反と判断されることがあるということです。
発生が懸念されている首都直下地震や南海トラフ巨大地震の発生について、国や自治体による被害想定の見直しが進んでいますが、最新の被害想定に合わせて防災対策を実施する必要があるなど企業の安全配慮義務は、この判決に比べてもより高いものが求められると予測されます。
そしてなにより、従業員の生命や身体の安全確保を最優先し、日頃から訓練や教育を実施して防災意識を高め、ひとりの犠牲者も出さないようすることが求められます。
亡くなった人は還ってこないのですから。
企業に求められるリスクマネジメント
東日本大震災以来、BCPとか事業継続などの言葉をよく見聞きするようになったと思いますが、BCP(事業継続計画)とは何でしょうか?
大災害や大事故、疫病の流行、犯罪被害、社会的混乱など、通常業務の遂行が困難になる事態が発生した際に、事業の継続や復旧を速やかに遂行するために策定される計画。
引用元:IT用語辞典 e-Words
一般的にBCPとは、大災害などが発生した後に、どの事業をいつまでにどの程度復旧させるのかの計画のことを指します。
事業の継続だけを考えるのであればそれだけでよいかもしれませんが、企業を存続させるためには日頃からリスクに対して様々なことを行う必要があります。
従来の防災対策だけでは当然不十分、BCPだけでも当然不十分、そして、防災対策+BCPでも、まだ不十分です。
地震の発生を防ぐことはできません。でもいつか起こります。
いつ起こるかは分かりませんが、起こることは分かっているのですから、起きたときの被害を減らすこと、避難行動や情報収集などの起きたときの行動をあらかじめいくつか決めておくこと、そしてそれをマニュアル化しておくこと、繰り返し訓練すること。いろいろあるなかで、急いで対応してきたいものは以下のことだと考えます。
- 災害発生後の情報集をどのように行うか(情報の取捨選択方法も含む)
- 取得した情報をもとにした、意思決定・判断能力の向上
- 意思決定・判断権者の冗長化と権原の自動委譲
- 各種マニュアル整備と訓練の実施
災害時、情報は自ら収集しないと手に入りません。さらに、手に入れた情報は整理されておらず、真贋がはっきりしないものもたくさんあります。その情報をいかに選別し、その情報をもとに、どのように判断するかによって、人命や企業を助けることも、危機にさらすこともあるわけです。
今後、東日本大震災の津波被害に関連した訴訟の判決が順次出てきます。それらの判例も踏まえて、リスク対応に優先順位をつけ実施していくことが人命を守り企業を守ることにつながるんじゃないかと思います。